全体を石で作られた厳《おごそ》かな雰囲気漂う魔術師ギルド。 俺と火乃木はそのホールにいた。 ルーセリアの魔術師ギルドは四階建てで、一階から四階まで完全に吹き抜けになっている。 で、一階は依頼を引き受ける場所だ。二階より上の階は魔術師ランクを見るための試験会場があったりするんだろう。案内を見たうえでは他のことはよくわからない名前の部屋がいくつかある。興味ないので別にいいんだがな。 魔術師ランクってのは名前そのまま、魔術師のランクだ。 これでランク付けされた人間は魔術師としての実力を認められると言うことだ。そして自分のランクを証明する証として魔術ランク認定カードが渡される。ランクはSS,S,A,B,C,Dまでの六段階存在する。魔術師ギルドから依頼を受ける際はこのランクによって報酬額が上下することもあるので、魔術師ギルドの依頼で食っている人間は上位の魔術師ランクを目指すものが多い。 うわさじゃあ、SSすら上回るオーバーSなんて隠しランクも存在していて、この段階に至った魔術師は逆に恐れの対象となり、魔術の封印指定を受けることもあるとかないとか……。 もっとも受けたこともない、と言うより受けるつもりのないランクの認定試験だから俺にはあんまり関係ないのかもしれない。そもそも俺に魔術の知識はあまりない。 で、これから俺は路銀を稼ぐために、依頼を受けるわけだが、その依頼内容は非常に多岐にわたる。 因みに魔術師ランク以外にもう一つ、アスクレーターという言葉についても説明しなければなるまい。 アスクレーターとは俺達のように魔術師ギルドの依頼を受ける人間全員の事をさす。 このアスクレーターという奴にもライセンスが必要で、魔術師ランクと同じように、このライセンスにもランク付けがされている。 因みに俺のアスクレーターライセンスはAランクだ。 「随分たくさんあるね。仕事」 「そうだな〜……何を選ぶべきかな〜」 俺と火乃木は一階ホールの掲示板にびっしりと張られている大量の張り紙を見ながら言った。 この張り紙を持って受付に行けばその依頼を引き受けたことになる。 報酬は……ぶっちゃけピンきりだ。依頼内容と仕事の内容、報酬額のバランスが取れていないものも多々ある。 依頼内容は命の危険にさらす可能性があるものから、ペットや落し物の捜索までなんでもありだ。 ここで依頼を受ける者をはそれらを全て把握した上で依頼を受けなければならない。 「とりあえず、一番報酬額が大きいのを選ぶってのはだめなのかな?」 掲示板に貼り付けられた大量の張り紙を見つめながら火乃木が言う。 「簡単にそういう考えで決めるのはよくないさ」 「そうだよね〜」 報酬額が高いと言うことはそれだけ困難かつ過酷な依頼内容である可能性は十分に考えられる。まあ、中には金持ちの道楽みたいな依頼があって、どうということのない依頼内容でもすさまじい謝礼が支払われる場合もあるのだが、俺にその経験はいまだない。 あくまで依頼内容と報酬額のバランスが第一優先だ。そしてそのバランスが取れているかどうかを判断するのはあくまで依頼を受ける人間、すなわちアスクレーター次第なのだ。 「エルマ神殿からの依頼ってないかな?」 「そう都合よく自分の行きたいところからの依頼なんてあるわけないさ」 「受付で、ないかどうか聞いてくる!」 「好きにしろ」 火乃木の思惑通りになんかそうそうなりはしない。受付へ向かう火乃木をほっといて俺は再び掲示板に目を向けた。 森の奥にある樫の木の採取とか、ちょっとした魔術研究の助手なんてのもある。 俺は戦闘タイプのアスクレーターだから戦闘を行うタイプの依頼はないものかと目を走らせる。 そうなると危険な遺跡に行って財宝を入手するってタイプの依頼だと俺の得意分野になるんだが……。そういう依頼は今回はないんかね〜。 そう思い、俺は一度掲示板から視線を外した。受け付けの横においてある観葉植物の姿が目に映った。 ん? なんの気なしに目を止めたはずの観葉植物。その横に、この場に相応しくないものを見つけたのだ。 それは一人の少女だった。少女はじっと観葉植物を眺めている。 背は俺よりも小さい。恐らく百三十センチ台だろう。見た感じ年齢は十歳前後といったところか? 髪の毛の色は銀色でセミロング、絹のように白い肌、黒いワンピースと言う姿だ。 観葉植物を興味津々に眺めており、はたから見れば純真な子供の興味からくる行動であることがわかる。しかし、純真な子供特有の瞳の奥底に大人らしい落ち着きのようなものも感じる。いや、単に釣り目なだけか? 地味目な服装であるにもかかわらず、銀色の髪と絹のような白い肌の組み合わせが人の目を引きつけるには十分すぎる雰囲気を持っていて、異様なオーラを感じる。 銀色の髪の毛と言うもの自体がそもそもかなり珍しいからってのもその理由だ。 子供なんだけど子供らしくない、しかし決して背伸びしているわけでもない不思議な印象だ。 だが、そんな少女が何故ここに? ここは少なくとも十歳前後の子供が一人で来るようなところではない。 と、思いきや。少女は観葉植物の観察をやめて、そそくさと魔術師ギルドの外へと出て行った。 「火乃木!」 俺は受付にいる火乃木に声をかけた。 「え? どうしたの?」 「ちょっとトイレ行ってくる」 「あ、うん。わかった」 俺は火乃木にそう言って、一旦魔術師ギルドから出た。 魔術師ギルドの外に出るとさっきの少女がなにやら首を横に振っている。 右を見たり左を見たり、何かを探しているかのように。俺はそれを後ろから眺めている。 「ここ……どこ?」 なんとなく察しはついた。あの子は迷子なんだ。親とはぐれて自分がどこに行くべきなのかわからないでいるのだろう。そういうことなら声をかけてやるべきだろう。それもまた正義の味方の仕事ってね。 あ、火乃木はどうしよう。まあ、あいつには後で謝っときゃいいか。迷子の保護が最優先と。 そのときだった。 突然馬に乗った柄の悪い男達が三人。少女の前に突然現れた。 「やっと見つけたぜ」 「ああ、さっさと回収して戻ろう」 男達は全員馬から下りて、少女の前に立つ。 少女はゆっくり後ずさる。彼女の知らない人物なのだろう、表情は見えないが、態度で分かる。あの子とあの男達との間になんら関係がない。つまり、これは立派な誘拐だと言うことだ。 男の一人が少女の体を軽々と持ち上げる。少女は両手両足をバタバタと動かして抵抗する。 「おい! あんまり騒ぐんじゃねえ!」 ドスの聞いた男の声が少女に向けられる。 その瞬間、俺は駆け出していた。 俺は最速でダッシュし、最速で跳躍し、少女を抱えた男に向かって……。 「おりゃあああ! 鉄疾風脚!!」 最速で跳び蹴りを放った。 男の左胸目掛けての(不意打ち)跳び蹴り。見事その蹴りは命中し、少女は地面に落ちた。 俺が蹴り飛ばした男はそのまま仰向けに倒れ、俺はその男が仰向けに倒れてすぐ後ろに飛ぶ。 そして、地面に倒れた少女の元へ寄った。 「おい、君!? 大丈夫か?」 少女を抱き起こす。少女は何が起こったのか良く分からないというような表情で俺を見る。 いや、実際自分の身に何が起こっているのかわからないのだろう。知らない男達に連れて行かれそうになり、知らない男にこうして助けられているんだから、困惑するなというほうが無理な話かもしれない。 「て、てめえ、いきなり何しやがる!」 さっき倒した男とは別の男が言う。さっき蹴り飛ばした男は泡吹いて倒れている。 「そりゃこっちの台詞だ! 白昼堂々、か弱い少女を誘拐とは関心出来たもんじゃねえ! 大体自分よりか弱い人間をさらってどうするつもりだったのかは知らねえが、この俺の目の前でそれを実行に移そうとしたその浅はかさを後悔するがいい! そもそも貴様等のような悪党にこんな美少女は似合わん! 釣り合わん! 人様の趣味にとやかく突っ込むつもりはさらさらないが、犯罪ともなれば話は別になってくる! そもそもロリとフェティシズムは男女の性を考える上で非常に重要なものであり、これも一つの文化の要素と言えるだろう! か弱き乙女に萌えるは男のサガとして認めよう! そういう意味で男側に罪があるとは言い切れない! しかし、己の妄想を現実の少女に押し付けるのは人間関係を円滑にするためには不必要かつ、不健全極まりないものであり、他人に不快感を与えるのもまた事実! よって、妄想と現実をごっちゃにすることは危険な行為と言わざるを得ないのだッ!!」 俺はあらん限りの早口で男共に熱弁した。 しかし。 「何言ってんだよてめえ! こっちは仕事でやってんだ! 邪魔するんじゃねえ!」 奴等に俺の熱意が伝わることはなかった。 こりゃ制裁が必要だな……。そう思った矢先、さっきまで黙っていた男が恐る恐るといった感じで口を開いた。 「あ……こいつは……」 「あ? どうした?」 恐る恐る口を開いた男に、さっきまで強気だった男が振り返る。 「こいつ……昨日親分を一発でのしちまった奴だ……!」 「え!? こ、こいつがか!?」 さっきまで強気だった男が俺の顔を凝視する。 なるほど……。こいつ等昨日俺がぶちのめした悪漢の子分なわけか。 「俺のことを知ってるってんなら話は早い。昨日ぶちのめしたお前等の親分みたいにこの場でぶちのめしてやろうか?」 俺は挑発の意味も込めて凄んだ。 俺は眼力だけでも大抵の奴は圧倒できる自信がある。その効果か、男達の表情が青ざめていくのが良く分かる。 「こ、ここで引いたってボスに殺されるだけだ!」 「そ、そうだな……。やるしかないよな……」 二人ともどうやら引く気はないらしい。即ち奴等は俺と戦うことを選択したってわけだ。 仕方ねえ……。相手してやるか。 「ちょっと待っててくれよ。お譲ちゃん」 「……」 俺は名を知らない少女にそう言って男共と対峙する。 男達は腰に下げている剣を引き抜こうとした。 俺はその動作が終わらないうちに走りだす。 「お〜りゃあ! 先手必勝! 一撃……必蹴!!」 最速で距離を詰め、最速で跳躍。そして一人目、強がっていた男の顔面を俺の蹴りが捕らえた。 「ブギュ!!」 解読不能な悲鳴を上げて、なす術もなく男は倒れ付した。 「う、うおおおおおお!!」 もう一人の男が俺に向かって、剣を振り上げ、それを俺の胸目掛けて振り下ろそうとする。 だが、遅い! 俺は男が剣を振り上げたその瞬間、剣を握っていた右手目掛けてハイキックをかましたのだ。 「なっ!?」 ハイキックによって振り上げられた右足を、今度はそのまま落とすことによりかかと落としに繋げる。 「ウゴァッ!?」 男の顔面に俺のかかとが激突し、二人目の男もあえなく撃沈した。 う〜ん。俺の蹴りは相変わらず美しい! などとナルシズムに浸っている場合ではない。俺にはやらなければならない使命があるのだ! 「怪我はないか? お譲ちゃん」 「……わたし…………」 少女は若干たどたどしい口調で言った。 「うん?」 「鬼ごっこ……してたの」 「鬼ごっこ? 親しい友達か?」 「……ううん……知らない人」 「はぁ……? お譲ちゃん、家どこよ?」 少女はさっき俺が眺めていたときと同じようにキョロキョロを辺りを見渡す。 「わからない……ここどこ?」 予想通り迷子だったわけか、このお譲ちゃんは……。しかたない、少し付き合うか。 「ど〜れ、じゃあこの俺が君のパパとママを探す手伝いをしてやろう!」 俺は勤めて明るく振舞う。無愛想な少女ではあるが、それでも子供であることは変わりない。コミュニケーションも普通に取れてる。十代前半の少女にしては躾《しつけ》がしっかりしている証拠だろう。 もっとも、ただ単に無表情なだけの、長いものに巻かれろタイプなだけな可能性もあるがな。 だとしたら、この子の両親を探し出す事だって難しいことではないかもしれない。 「パパと……ママ……?」 「そう! さあ、行こうぜ! 城下町の方は賑やかだし、ひょっとしたら君の知ってる景色だってあるかもしれない」 「……うん」 無表情のまま少女は答えた。 流石に朝だけあって、城下町を賑わっている人たちの姿は少ない。 城下町歩きながら、俺は少女に何度か尋ねた。 この建物は見たことないか? とか、この店に来たことはあるか? とかそういったことだ。 だが、彼女が知っている景色は一つとして出てこない。ひょっとしたら城下町を歩いたことすらないのではないかと思えるほどだ。 何せ、彼女はさっきから見る景色や店には明らかに興味津々と言った感じで見つめることが多く、どうにも要領を得ない。 ひょっとしたら旅行中の家族とはぐれたのか? そうでなければ世間知らずのお姫様かのどちらかだろう。 そうでなければ、さっきから見る景色一つ一つに関心を示すようなことはないだろうし。 少女の見たことがある景色を探して両親の手がかりを探すと言う手段はどうにも使えないかもしれない。 やれやれ、仕方ないな〜。 「少し休もうか。もう二十分くらい歩いてるし、君も疲れただろう?」 「……うん」 少女は素直に頷いた。 俺は城下町にあるベンチに適当に彼女を座らせた。 「ちょっと待ってな。ジュース買って来る」 「……」 少女は軽く頷き、それから自分が座っているベンチで辺りを見回す。 自分の知らないものを一つ一つ徹底的に記憶するかのように。 あの娘はなんなのだろう? 早朝からやっているジュース屋で二人分のジュースを購入して、少女の下へ戻る道すがら、俺はそんなことを考えていた。 銀の髪と白い肌と黒いワンピース。その組み合わせは彼女の周りに妙な雰囲気を漂わせていることはわかる。 俺にロリの素養はないが、間違いなくあの娘は魅力的だと思う。 ただ、なんだろう? 普通の人間にはない何かをあの子には感じる。 それはただ単に無愛想だからとか、無口だからとかではない。 何か感覚的な……上手く説明できない何かがあの子にはあるような気がするのだ。 こんなこと考えたって仕方がないことはわかってる。だけどなんか気になる。 この感覚は何なのだろうか? まさか……! いや、まさか! そんなことあるはずがない! これは……もしかして……。 もしかして…………恋? だああああああ! なわけあるか! あってたまるか! あんな小さい子に欲情するなんてあろうはずがない! 俺に愛なんかいらねぇ! 恋愛なんかしないと俺は心に誓ったはずだぜ! それなのにあんな小さい子供に欲情するなんてとてもじゃないが我ながら正気の沙汰とは思えん! 頭を冷やせ、頭を! あの子には初対面の男を虜《とりこ》にしてしまうだけの力があるとでもいうのか!? いかんいかん。こんなこと考えている時点でクールになれてねえ。落ち着け。ザ・オレ! そんなことを考えながら俺は少女が座っているベンチまで戻ってきた。 そして左手に持ったジュースを少女に差し出した。 「ほい」 「……」 相変わらず無口、無表情のまま少女はそれを受け取った。 紙コップに入っている白い液体を、興味津々に、かつマジマジと見つめている。 ひょっとしてバナナジュースは苦手だったとか? 「これ……」 「ん?」 「飲めるの?」 超基本的かつ、なんでそんなこと聞いてくるの? とこちらが聞き返したくなるような質問に、俺は文句を言うことなくそれに答えた。 「ジュースだからな。それともこういうジュースは飲んだことないのか?」 「……(コクン)」 俺に問いに少女ははっきり頷いた。 今時ジュースも知らないなんて……珍しいこともあるものだ。 果物をすり潰して水や砂糖を加えたジュースなんて今や多くの人間に飲まれている飲料水だ。特に子供はこう言う甘いジュースを好んで飲む。俺だってりんごジュースをよく飲んでいたし、今買ってきたジュースだって俺が好んで飲んでいるりんごジュースだ。 「まあ、飲んでみろよ。買ってきたばかりで少し冷たいけどな」 「……(コクン)」 それにしても、この俺が子供と一緒に仲良くベンチに座ってジュースを飲むことになろうとは……。 「美味しい……」 少女がつぶやく様にそうはっきり言った。唇にバナナジュースの白い泡がいくつかついている。 「そうか。それなら買ってきた甲斐があったってもんだ」 「……(ゴクゴク)」 少女はすっかりバナナジュースの味の虜になってしまったのか、せっせと口にジュースを流し込んでいく。 すると……。 「あ……」 紙コップを傾けすぎたためか、口元からジュースがこぼれて、少女の顎と黒のワンピースを汚した。 「あ〜あ〜。しょうがないなぁ」 俺はポケットからハンカチを取り出す。 「まったく、美味しいのはわかるが、ゆっくり飲まなきゃだめだぞ。でないと今みたいに汚れちまうからよ」 軽く笑いながら彼女の唇や服についたジュースを軽く拭いてあげる。まあ、服についた分は後で洗濯するしかないだろう。まったく拭かないよりはましだが。 「……」 じーっと。少女は俺の顔を見つめてくる。 「ん? どうした?」 「……ありがとう」 無表情のまま、しかし確かに感情を込めて少女はそう言った。 「どう致しまして、お姫様」 「お姫様?」 「ああ、なんかそんな雰囲気だったからさ」 「……」 「まあ、こんなところか」 少女の口元や服についていたジュースを可能な限り拭いて、俺も自分のジュースを一気に飲み干す。 そして立ち上がる。 「……どうするの?」 「ん?」 「……これから」 「そうだな〜。これ以上探して君に見覚えのある景色とか、建物とかがなければ、後は役人にでも君を預けるしかないな」 「やくにん?」 「ああ。正直あんまり気は進まないんだけどな」 「やくにんは……」 「ん?」 「やくにんは……悪い人たちだって……おじ様が言ってた」 「おじ様?」 そんな会話をしていると―― 突如、馬の蹄《ひづめ》の音が聞こえてきた。 それは馬車だった。白く大きな体躯をした馬は品種改良で生み出された重種だろう。本来は甲冑を着込んだ兵士を乗せたり、農作業用に重いものを引くために使われる種だ。 馬車に使われるのもまあわかる。 その馬車を操る騎手が俺たち……というか少女の方を見て顔色を変えた。 なんだ? 馬車は俺達のベンチから僅か数メートル離れたところに止まる。すると、その馬車から初老の男がゆっくりと姿を現した。 肥満体型で黒いスーツを着こなし、いかにも「私悪いことたくさんしてますよ」とアピールしているかのような嫌らしい目つきをしている。だからと言って悪党だと断定するわけにはいかないが。 「こんなところにいたのかシャロン」 シャロン? それがこの子の名前? 「さあ、帰るぞ。こんなところで時間を潰すのは有益ではない」 「……………………………………はい」 ものすご〜く長い沈黙の後に、シャロンは答えた。 そうか、アレがシャロンの家族(?)なんだな。だったらここで俺が止める理由はないな。 シャロンはゆっくりと馬車に向かって歩き出す。そして、数歩歩いてから俺のほうに向き直り。 「……(ジーッ)」 俺の顔を見つめてきた。 ひょっとして名前か? 「俺の名は鉄零児。零児でいいぞ」 俺は自分の名前をシャロンに伝えた。 「うん」 するとシャロンはぎこちない笑みを浮かべてそう言った。 そう言えば初めて笑ったところを見たような気がする。 シャロンはおじ様と呼んだ男の元へ歩いていき、馬車に乗ってその場から立ち去っていった。 まあ、とりあえずはこれで迷子のお姫様の親御さん捜索は終わりだな。 俺は魔術師ギルドにもう一度向かった。 火乃木にぶっ飛ばされることを覚悟しながら。 魔術師ギルドの扉を開けて、俺は再び魔術師ギルドの厳かな空間にやってきた さ〜って……火乃木はどこにいるかなっと……。 あ、いた。 一階に設置された待合用の椅子に火乃木は座っていた。 怒りジワを額に浮き上がらせながら……。 お〜っす。火乃木。 と言いかけた俺は。 「どこ言ってたのよぉぉぉーーーーー!!」 火乃木の渾身の必殺ブローによって、俺は四階まで続く吹き抜けの天井まで吹っ飛ばされた。 「ズァアアアアアアア!!」 と言う悲鳴と共に。 「四百字詰め原稿用紙一枚以内の説明で、何があったのか簡潔に説明しなさい!」 めんどくせえ制約を科した上に説明しろだとこんちくしょう! んなもん守ってられねえし、いちいち記憶をたどるのも面倒だ。 いつもの調子で説明するとしよう。 「トイレに行って用を足していた俺なんだがな、途中、トイレの窓を通して「あぁーれぇー」なんて悲鳴が聞こえてきたもんだから、思わず窓から外を覗いてみると、黒いワンピースの女の子が、いわゆるやられ役みたいな奴等に追いかけられてるのを見たんで、俺の中にある正義感がフツフツと沸きあがってきたし、女の子を助けたら肉体的にも精神的にもお礼があるかな〜と思って、最速で登場したわけだ! なんせ、俺の命は速さだからな! そこでやられ役の男達が俺に向かって何か言おうとしてきたんだが、最速を信条としている俺は、会話もせずに奴等を蹴り飛ばして最速で女の子を助けることに成功したのさ! そしたら追いかられていた女の子が迷子だってんだから、俺は懐が広い男であることをアピールすべくその女の子の親御さんを捜すために城下町に繰り出して、今に至ってしまったというわけだ!!」 半分嘘、半分本当の内容で俺は早口で説明した。 「……長い! 没!」 「調子に乗るなぁああああ!!」 流石にピキッと頭に来たんで俺は容赦なく火乃木の額にチョップをかました。 「ッたーーーーーーッ!」 「まったくこっちのことも知らねえ、調子乗ってんじゃねえや!」 「う〜! 何するのさ! これ以上ボクが馬鹿になったらどうするんだよ!」 「お前は今以上に馬鹿になりようがないから安心しろ」 「なんだとー!」 怒りで膨らんだ火乃木のほっぺたを、俺は両手で掴んだ引っ張った。 「ひらいひらいひらい!!」 「生意気な口をきくのはこの口かこの口かこの口かぁー!」 「ムガーッ!」 火乃木も対抗して俺のほっぺたを引っ張り始めた。 「もろはといえは、れいひゃんがふぉいれにいぐってうふぉいうふぁら……!」 「だふぁらおるぇにらってじひょうがあったんらっつーの!」 周りの視線も省みず、俺と火乃木の低次元な争いはしばらく続いた。 「はぁ……はぁ……はぁ……。と、とりあえずだ……」 散々騒いでお互い落ち着いてきたところで俺は切り出す。 「なんか依頼、あったか……」 いろんな意味で疲れたので、俺は満身創痍気味に尋ねた。 「い、一応ね……。一つあったよ。エルマ神殿からの依頼が……」 「そ、そうか……ただ、内容によっては受けないことを忘れるなよ」 「わ、わかってるよ……。まずは……これ見てよ」 と、火乃木が紙切れを一枚俺に見せる。 それは依頼書だ。依頼した者または団体名や、依頼内容が書かれている。 「依頼者、エルマ神殿代表エミリアス。依頼内容は、不振人物の捜索……」 「しかも……報酬のところ見てみてよ」 俺は火乃木の言うとおり報酬の部分に目を向けた。 報酬……依頼を受けてくれた時点で寝食保障、報酬自体は不振人物の捜索、排除の成功時点で金貨九十枚から。さらに状況に応じて報酬額アップ……。 「この状況に応じてってなんだ?」 「さあ……それは知らない……」 火乃木が知るわけないか。 だがまあ金貨九十枚は中々の金額だ。宿を使わず野宿だけでやっていく場合食事代だけなら数ヶ月持つだろう。 まあ実際には他にも色々お金を使う場所はあるからそんな単純にはいかないとおもうけどさ。だが、寝食保障と成功報酬金貨九十枚は魅力的だ。しかし、それだけの報酬を支払ってまで排除したい存在がなんなのかが気になるところではある。 受ける価値は……あるか。 「じゃあ、これにしてみるか」 「うん」 俺は火乃木が渡してきた依頼書を再び受付に持って行き、エルマ神殿からの依頼を受けることにした。 |
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